子どもが数学の問題を前にして、
「分からない」
「数学、もう無理」
「どうやって解くの?」
と言ってくることがあります。
そんなとき、親としては何とかしてあげたいと思うのではないでしょうか。
自分が数学を教えられるなら説明する。
教えるのが難しければ、解説を読むように言う。
あるいは、
「もう少し自分で考えてみたら?」
と言うこともあると思います。
どれか一つがいつも正しいというわけではありません。
私がまず確認したいと思うのは、「何が分からないのか」です。
「数学が分からない」だけでは、まだ分からない
子どもが「分からない」と言っていても、その状態はいろいろあります。
例えば、
- 問題文の意味が分からない
- 何を求めればよいのか分からない
- 使う公式を忘れている
- 最初の一手が分からない
- 途中までは解けるが、その先で止まっている
- 計算している途中で分からなくなった
- 解説を読めば分かるが、自分では解けない
これらはすべて「分からない」と表現できます。
でも、必要な対応は同じではありません。
すぐに答えを教えなくてもいい
子どもから質問されると、答えや解き方を教えたくなることがあります。
もちろん、説明することで理解できる場合もあります。
ただ、すぐに解き方を全部説明する前に、少し聞いてみてもよいと思います。
「どこまでは分かった?」
「何をしようとした?」
「どこから分からなくなった?」
こうして確認してみると、本人がすでに分かっているところが見つかることがあります。
問題全部が分からないと思っていたけれど、実際には途中の一か所だけで止まっていた、ということもあります。
親が数学を教えられなくてもできることはある
保護者の方からすると、
「自分は数学が得意ではないから教えられない」
ということもあると思います。
でも、必ずしも親が数学の解き方を教える必要はありません。
例えば、
- どの問題で困っているのかを見る
- どこまで自分でやったのか聞く
- 教科書や解説のどこを確認すればよさそうか一緒に探す
- 学校や塾で質問できそうか確認する
といったことはできます。
「親が正しい解き方を教える」ことだけが、助ける方法ではありません。
「もっと考えなさい」だけでは進めないこともある
すぐに答えを見るのはよくないと思って、
「もう少し自分で考えてみなさい」
と言うこともあるでしょう。
自分で考える時間は大切です。
ただ、本人にまったく方針がなく、何をすればよいか分からない状態なら、長く考え続けても進まない場合があります。
一方で、途中まで考えられているなら、もう少し試してみる意味があります。
ですから、単純に「何分考えたか」だけではなく、その間に何を考えていたのかを見ることが大切です。
この点については、こちらの記事でも詳しく説明しています。
数学で分からない問題は何分考える?すぐ解説を見るのも、考え続けるのも違う
「なんでこんなの分からないの?」と言いたくなったら
大人から見ると簡単に見える問題でも、学んでいる本人にとっては難しいことがあります。
また、以前できていた問題が急にできなくなることもあります。
そんなとき、
「前にもやったでしょう」
「なんでこれが分からないの?」
と言いたくなることがあるかもしれません。
ただ、その言葉だけでは、今どこで止まっているのかは分かりません。
できなかった事実を確認するだけでなく、どう取り組んで、どこで止まったのかを見てみます。
そこが分かれば、次に確認することも見つけやすくなります。
正解した問題も見てみる
数学の勉強を見るとき、間違えた問題に目が向きやすくなります。
もちろん、間違えた問題を確認することは大切です。
でも、できた問題もあります。
「これは自分で解けたね」
「ここまでは考えられているね」
と確認すると、本人も自分ができているところを把握できます。
できないところだけを探すのではなく、できているところと、これから改善するところを分けることも大切だと考えています。
同じ「分からない」が何度も続くときは
一つの問題で困ることは誰にでもあります。
ただ、同じ単元で何度も止まる。
解説を読んでも次の問題になると解けない。
以前学んだ内容まで戻らないと進めない。
そうした状態が続く場合は、その問題だけを説明するよりも、どこから分からなくなっているのかを確認した方がよいことがあります。
今取り組んでいる問題から少し戻ってみると、以前の内容で理解があいまいになっているところが見つかることもあります。
親が全部解決しなくてもいい
子どもが「数学が分からない」と言ったとき、親がその場で全部解決する必要はありません。
まず、
何が分からないのか。
どこまではできているのか。
どこで止まっているのか。
次に何を確認すればよさそうなのか。
を整理してみる。
それだけでも、漠然とした「数学が分からない」から一歩進めます。
分からないこと自体を問題にするのではなく、分からない場所を見つけて、そこからどう進むかを考える。
家庭でも、そんな見方ができるとよいのではないかと思います。

コメント